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台風10号豪雨災害被災地訪問記〔5〕

さて、読者は岩泉豪雨災害をどの程度覚えておられるのだろうか?


あまた発生する日本の豪雨災害であるから、その一つ一つをつぶさに覚えて要られないのも当然である。


だいたい、日本の台風で東北北部にダイレクトに上陸する何てこと自体、おそらく観測史上初の特異な例である。


それだけに、岩手県民にとっては一般の人も行政も、台風や台風がもたらす風雨の恐ろしさや、被害発生の速さに対する認識が希薄であっただろう。


台風10号は日本の南岸、太平洋上を西に行ったり東に戻ったりと迷走を続け、8月31日太平洋から岩手県大槌辺りに上陸した。

観測史上最長の長生き台風である。
岩泉にとって最悪の環境がここにあった。

台風の進行方向右前方は最も雨雲が発達している。

岩泉はまさにその位置にあったのだ。
未体験の豪雨が台風接近前から降り注ぐこととなった。
元来、岩泉町は本州最大面積を誇る町である。とは言え、町の総面積のなんと90%以上を山間部が占めている。訪れる多くの人はその険しさ深さに、まず圧倒されるのである。
かつては林業で栄えた町であり、今も松茸生産高は日本一を誇っている山と森林の町である。
その上に、険しい山から涌き出る水は、ほぼ小本川と言う川に集中しているのだ。
山々に降り注いだ台風の豪雨は、険しい渓谷から、小本川に集まってきたことになる。
経験した事のない豪雨が岩泉の広い山々に間断なく降り注いだ。こうなると広い町内の深い山々の、一体どこでどれ程の雨が降っているのか、想像も出来なかったのが現実である。とりあえず警報は出してみても、避難訓練指示や避難勧告のレベルを、行政が細かな地域を別けて発令する判断材料などなかったのであろう。
悲劇はその最中にも進行していた。
この険しい山地から、災害中最大の凶器となるものが荒れ狂う激流に投入され続けたのだ。
発生当初の報道から、私は岩泉災害の特異性を予測していた。
土砂災害や、土石流災害とは異なる山間部特有の「流木災害」とでも呼ぶべき現象が生活圏を襲ったのである。
つまり、険しい山間部に降った豪雨は、朽ちて放置された倒木や間伐材、丸太、雨で土を削られ新たに倒れた木々、それらを一気に谷底の流れに落としたのであろう。
川の狭い箇所や急な曲がり角で流木は絡み合い、一種のダムのように積み上がって流れを塞き止める。
こうして大小無数の流木ダムが河川に形成され、更なる雨量の増加に耐えきれなくなったダムは崩壊し、下流に堰を切って流れ出し、下流のダムを破壊する。
流木ダムのドミノ倒し現象が起こったのだと想定した。
映像で見る限り、被災地は流木で埋め尽くされていた。流木こそが最大の凶器となって発生した災害だったのだ。
この当初に抱いた私の災害予測は半年後になって、岩手大学災害研究班によってほぼ同様のメカニズムが解明された。
この特異な災害発生原因こそが、岩泉行政の避難指示発令を遅れせしめた原因であり、今後、日本のどこの山岳地でも起こりうる災害だと警鐘を鳴らしておきたい。

 

つづく

 

代表 角田四郎

author:ブルー・シート, category:最新情報, 16:23
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