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台風10号豪雨災害被災地訪問記〔3〕

SNS等でタオル提供を拡散した効果も早々に表れた。
見ず知らずの善意ある方からも、大量のタオルが集まる。


報道される悲惨な現地情報に、何か手を差し伸べたいと考えていた人々に「タオルを送ろう」と言う呼び掛けは、自分にも出来る比較的手軽な支援だったのかも知れない。


音楽ユニット「山とケ」の二人が関わる栃木県足利市でのイベントには、軽自動車1台分のタオルが。

関西のメンバーは知人のタオル印刷業者から新品タオルの段ボールがドッサリ届いた。

 

そんな中に「私は岩泉の出身です」と記したメモが入った段ボールがあった。
すぐその女性に連絡をとり「貴女の友人で現在岩泉に在住の方があれば、その人にもタオルの配付をお願いしてみて欲しい」と伝えてた。

電気が回復しすぐに、その女性の友人と名乗る人から電話を頂いた。
何と、彼女は音楽が好きで、song of heavenのこともブルーシートの活動も、よくご存知だった。
「私は子育てと仕事があるので、少ししか手伝えませんが、叔母が介護員をしていて、災害から町の委託を受けて被災弱者の訪問介護をしています。是非、タオルが欲しいと言っていますので、有れば協力出来ると思います」と受けて下さることになった。

 

その後、話を続けると、この女性と私達はさらに深い縁で結ばれていたことに気付いた。

 

「中里地区の地域コミュニティ‐センターは私が設計者なんです」

聞けば彼女は一級建築士で、岩泉の父親の会社にお勤めであった。
偶然、津波災害の時に我々が約100日もの機関、お世話になった建物の設計者に、この豪雨災害活動で巡り会えたのだ。

タオルが縁である。
田野畑村に転送したタオルが現地メンバー(このブログにも何度かレポートを挙げてくれた佐々木さん)によって、岩泉の被災地に届けられた。

現地では、タオルの需要はタイムリーだったのか、たちまち無くなる状態であった。
受けとる被災者は口々に「あんた、どっから来たの?」と驚いたそうだ。

その筈である。まだ、行政からの支援物資も殆ど届かない時期に、しかも被災者さえ田野畑ルートを殆ど知らない時期に、若いママが軽四輪車で被災地を回っていたのだから…!
定かではないが、後に自衛隊の救援隊が岩泉の中心地に到達したのは、このルートが解明したからだと聴いた。
たかがタオル、されど、あの全国から届けられたタオルたちは、一体どれだけの愛や温もりを繋いだのだろうか?

 

つづく

 

代表 角田四郎

author:ブルー・シート, category:最新情報, 16:13
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