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台風10号豪雨災害被災地訪問記〔2〕
いろいろ考える内に日本海で起きた「ナホトカ号重油流出事故(19972.1.2)」の活動を思い出した。

当時、被災者はもちろん、重油回収作業のボランティアも、おびただしい数のタオルを必要としていた。
今回の豪雨被災地はどうだろうか?
報道で見る限りでも、現地には電気も水道もない。
しかも、泥だらけの世界である。

何をするにも泥ふきから始めなければならず、汚れたタオルを洗う水もないだろう。もちろん洗濯機は使えない。
そんな環境でしのいでいる被災者を思い浮かべた。

よし、いち早くタオルを届けよう!

タオルくらいなら、今の我々にも揃えられるだろう。
ということで、私達ブルー・シートメンバーは一斉にタオル集めに奔走した。

ミュージシャンのメンバーは自分のライブでお客様に問いかけた。
彼らの心意気に賛同したライブハウスまで独自にタオル集めを訴えてくれる。
私の住む山梨でも、若い子育て中のママの会が奔走した。
わが家はたちまちタオルハウスと化した。
一方で、報道やインターネットで見ても、被災地岩泉町は依然として孤立状態であり、ヘリコプター以外の現地到達は皆無であった。
陸からの到達を計画している自衛隊ですら、徒歩による現地入りを模索中という状況だった。
そんな八方塞がりの最中、田野畑村のメンバーから「うちの長女が岩泉の職場(介護施設)から山道を探して帰って来ました」と連絡が入った。
この田野畑村のメンバーは渓流釣りの名人でもある。
娘さんも小さい頃には父に同行させられて深い山に分け行った経験が豊富だったのだ。
土地の人にしか分からない山道を探り当てての帰宅であった。
娘の無事を知らせる一通のメールに私は飛び付いた。 その道を逆走すれば、車で岩泉に入れる。
宅配の運送会社に訪ねると『岩泉への荷物受付はストップしていますが田野畑村なら受け付けます』と答えが帰って来た。
さっそく、田野畑村のブルー・シートのメンバーに、このルートでの活動を打診、三人のメンバーから「やってみましょう」と前向きな返答が帰って来た。
何という繋がりだろうか。
音楽祭の手伝いやお客様としてあしけく顔を出してくれた、ただそれだけの繋がりである。

被災地は危険が伴う、感情も制御しにくい過酷な現場である。
しかも、メンバーの一人は東日本大震災当日、津波災害をまともに受け、家も土地も失った被災者である。 それでも、彼らは岩泉に向かう。

私達はこうして東京や山梨に集めたタオルを、隣村田野畑に発送を開始したのである。

つづく
author:ブルー・シート, category:-, 19:10
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