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岩泉の状況を目の当たりにして…

今回は、皆様から送っていただいたタオルを、現地で配布してくれている、

田野畑村在住の「佐々木麻緒」さんに、現地レポートを書いてもらいました。

麻緒さんは、9月17日付けの「河北新聞」にこの度の活動が取り上げられ、その取材に答えました。

↑その時の記事です(クリックで拡大)

私たちのように、様々な事情により、現地へはすぐに向かえない者にとって、

彼女の見てきた風景や聞いた言葉を知ることは、とても意味のあることだと思っています。

タオルやマスクをお送りいただいた皆様にも、彼女の触れた現状を、知っていただきたいと思います。

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「岩泉の状況を目の当たりにして…」

岩手県田野畑村に住む私にとって、

岩泉町は、隣町ということもあり、馴染みの深い町です。


災害当時、私の自宅も停電で情報がなく、隣の橋がながされ、道路も、砂利と水が勢い良く流れて川のようでした。

大きな被害だなぁ、と思っていたら、
電気が復旧し、テレビをつけたら、

ぱっと見どこの映像なのか・・・ひどい被害だと画面を見つめていました。

呆気にとられ見ていると、見慣れた看板が目に飛び込み、涙が出ました。

それは、姿を変えた岩泉町でした。

直後の私は、通行止めを言い訳に、怖くて岩泉町に行けなかった。

現実だと信じたくなくて、行きたくなかった、…逃げていたんだと思います。


でも、毎年夏に、私の住む田野畑村で音楽祭を開催していた「ブルー・シート」さんの呼びかけによって、

全国の方が、遠い岩泉町のためにタオルを集めていることを知り、近くにいる私にも何かできることがあるのではと思いました。

皆さんからのタオルが届き始め、

最初に岩泉へ配布しに行ったのが、9月13日のことでした。


川の氾濫による被害のため、川から離れたところは被害が少なく、安心したのは一瞬でした。

泥まみれの人の姿が見えたかと思ったら、景色が一変。


川は濁流、道路も落ちて、家も車もありえないところにあったり、

一階の窓は割れ、中は生活感さえ流されたような、変わり果てた家屋がたくさんありました。


道路に運びだされているのは泥まみれの家財道具。

あちこちに靴、サンダルが散乱していました。
安家(あっか)地区も、建物の半分が宙に浮いている家、傾いている家、車の上に倉庫…
ありえない景色の連続でした。

岩泉の誇る鍾乳洞、龍泉洞の近くでは、

「日本一の水」と書かれた看板に心が痛くなりました。

避難所の場所がわからず、駐在に行きましたが不在でした。

周りでは、たくさんの重機が作業していました。

偶然見かけた、支援物資と書かれた車のあとを追って避難所に到着。

「何しに来たんだろう?」というような視線も感じましたが、

避難している方々は、笑顔で私を迎え入れ「来てくれてありがとう」と話されました。

たくさんのタオルを運んでいたので、避難所以外も回ろうと、外へ出るとお店があり、店の方が商品を洗っていました。

タオルを渡すと『洗っては拭いて、でも拭くのもなくなって・・・。たくさん欲しいです、ありがとう。気をつけて帰ってけで』

(帰ってけで=帰ってくださいね)

と言ってくださり、逆に私の心配までしてくださいました。

何を流されても、岩泉町民の心が、そこにはありました。


『あら、嬉しい。全国のひとが集めてくれているの?ありがとう』


『これで、川の水で体こするのにいいですね。大切に使わせてもらいます』という声も。


なかには『はい、はぃ、あっそう。』というように、それどころではないという方もいましたが、作業を進めていくうちにタオルが必要になるのは目に見えていました。


皆、被災された方たちですので、心に余裕がないのは当たり前です。

私自身、箱を受け取ると同時に、全国の方からのたくさんの愛を感じます。

私一人ではこんなに集められません。

「ブルー・シート」という、つながりのおかげで、岩泉町民は一人ではない。

応援してくれる人がいることを感じています。

ブルーシートとのつながりがなければ、私も馴染みの深い岩泉町の、

現実からずっと逃げていたとおもいます。

「タオルがつなぐ皆さんの思い」本当にありがとうございます。

感謝しても、しきれないほどです。

まだまだ、長い闘いです。
でも、岩泉町は必ず復興します!

岩ばっぴゃー!岩泉!

(がんばっぴゃー=がんばろう)

文:佐々木麻緒

author:ブルー・シート, category:-, 21:59
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